スタイリストブログbyオーダースーツ専門店 Global Sytle

タキシードのはじまり
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2026.04.09 
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こんにちは、GINZAグローバルスタイルグランフロント大阪店北邑です。
今回はタキシード(ディナージャケット)について解説いたします。

「ブラックタイ」の本当の意味

貴方が受け取った招待状に「ブラックタイ」と書かれていたら、それは黒いネクタイを締めるという意味ではありません。
正しくは”タキシード着用”を意味します。
同様に「ホワイトタイ」とあれば、それは”燕尾服(テールコート)”の指定です。
こうした間接的な言い回しには、英国特有の皮肉さと伝統を重んじる姿勢を感じられます。

くつろぎ着から生まれたフォーマルウェア

タキシードの起源は、1870年代ヨーロッパで流行した「スモーキング・ジャケット」にあります。
もともとは室内で煙草お楽しむためのくつろぎ着で、燕尾服の裾をカットしたようなデザインが特徴でした。ショールカラーの折り返しの袖口など、現在のタキシードとほぼ同じディティールをすでにそなえていました。

王族の一着が流行を生んだ


※エドワード7世

このスモーキング・ジャケットを気に入ったのが、英国皇太子エドワード7世です。彼はこのスタイルを、王室の保養地であるワイト島へ持ち込みました。そこはヴィクトリア女王はじめ、貴族たちが集う社交の場でもありました。1880年、ヴィクトリア女王主催のパーティにおいてエドワード7世は燕尾服の裾を切り落とした大胆な装いで登場します。当時の正装は、昼はフロックコート、夜は燕尾服。そんな常識を覆すその姿は大きな話題となり、「別荘地なら許される」という特例のもと、ワイト島限定で着用が認めらえるようになりました。
このスタイルはやがて、島の地名から「カウズ」と呼ばれるようになります。

英国からアメリカへ、そして”タキシード”へ

「カウズ」はその後ロンドンでも受け入れられ、「ディナージャケット」として広まっていきます。このスタイルにいち早く反応したのがアメリカでした。1886年、アメリカ・ニューヨーク州のタキシード・パークで開かれた社交界にて、実業家グリスワルド・ロリラードがこのスタイルで登場します。このスタイルをきっかけに、この装いはクラブのユニフォームとなりやがて”タキシード”という名称が生まれました。
以降、ニューヨークを中心に広がり、現在のフォーマルウェアとして定着していきます。

ディティールに宿る歴史

現在主流の1つボタンのタキシードですが、誕生当初は2つボタンが主流でした。これは燕尾服の名残であり、もともとは飾りとして存在していたものです。1890年代ごろから、より洗練された1つボタンへと移行していきました。
また、ダブル仕様のディナージャケットも存在しますが、よりフォーマルとされるのはシングル仕立てです。
タキシードのトラウザーズに入る側章(サイドライン)。これにも歴史的背景があります。かつてのトラウザーズは前開きではなく、横で留める仕様が主流でした(1830年頃まで)。
その名残として、側面にラインが残されているのです。
当時、前開きのパンツが登場した際には、「なんとも下品なズボンだ」と批判されたこともあったとか。しかし今では、それが当たり前のスタイルとなっています。

まとめ フォーマルウェアは”進化した伝統”

タキシードは、王族の遊び心から生まれ、英国の伝統とアメリカの文化を経て、現在のフォーマルウェアへと進化しました。
一見すると厳格なルールに縛られているように見えるドレスコードですが、その背景には柔軟は発想と時代の変化が存在します。
だからこそ形式を理解した上で着こなすことが、本当の意味での”装い”なのかもしれません。

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