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ジャケットの「ステッチ」。その種類と変遷が語る、美しい胸元のつくり【札幌パルコ店】
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2026.08.09 GINZAグローバルスタイル・コンフォート 札幌パルコ店

こんにちは。

 

 

鈴木(晴)です。

 

 

 

オーダースーツを仕立てる際、皆様はどのようなディテールにこだわられますか?
多くの方は、生地のブランドや色柄、全体のシルエット、あるいはボタンや裏地といった目立つパーツ選びに心を躍らせるかと思います。
しかしスーツの仕上がりを左右し、着る人のこだわりやセンスを静かに、かつ雄弁に物語る脇役が他に存在します。

 

それが、ジャケットの襟元やポケットの縁に施される「ステッチ(縫い目)」です。
一見すると、単なるデザインのラインに思えるかもしれません。

 

しかし、ステッチの有無、種類、あるいは針を落とす位置によって、スーツ全体の表情は180度変わります。
クラシックで重厚な雰囲気になることもあれば、モダンでスポーティな印象に仕上がることもあります。

 

今回は、オーダースーツの奥深い世界をさらに楽しんでいただくために、ジャケットのステッチについて解説いたします。

 

 

 

1. そもそも、ジャケットのステッチは何のためにあるのか

 

種類や歴史のお話に入る前に、まずはジャケットにステッチを入れる理由についてお話しします。
ステッチには、見た目の美しさを整える装飾的役割と、服としての機能を保つ構造的役割の2つがあります。

 

① 襟の保形性を高め、型崩れを防ぐ

 

ジャケットの顔とも言える襟は、表地と裏地、そしてその間にある芯地という骨組みが重なってできています。
上質なオーダースーツでは、これらを接着剤で固めるのではなく、職人の技によってふんわりと立体的に据え付けます。

 

しかし、着用を重ねたりクリーニングに出したりするうちに、内部の芯地と表地がズレてしまい、襟の端が浮いてきたり、ペタッと平面的にへたってしまったりすることがあります。
ここにステッチを入れることで、表地・芯地・裏地をしっかりと一体化させ、襟の美しいロールやエッジを長期間キープすることができるのです。

 

 

② シワを防ぎ、端を綺麗に落ち着かせる

 

ジャケットの端やポケットのフラップ等は生地が折り返されているため厚みが出やすく、シワになりやすい部分です。
ステッチでその端を押さえることで、生地の浮きを抑え、すっきりとシャープなラインを生み出すことができます。

 

 

 

2. ジャケットに施されるステッチの種類

 

スーツのステッチは、大きく分けると「ピックステッチ」と「ミシンステッチ」の2種類に分類されます。
それぞれの特徴とメリット・デメリットを見ていきましょう。

 

 

① ピックステッチ

 

現代の高級スーツやオーダースーツにおいて、最も一般的であり、かつ人気の高い仕様がこのピックステッチです。
等間隔の点線状の縫い目が特徴です。
元々は手縫いでステッチを施していましたが、近年では専用のミシンでステッチを打つAMFステッチが主流です。

 

・メリット:
手縫いのような、ふんわりとした柔らかい表情が出る。
糸に過度なテンションがかからないため、生地の立体感を損なわない。
一目で仕立ての良いスーツであることが伝わり、高級感が抜群に高まる。

 

・デメリット:
ミシンステッチに比べると縫製に特殊な機械と時間を要するため、オプション料金がかかる場合がある。
糸が比較的太いため、艶感の強い生地や、格式の高いフォーマルシーンでは目立ちすぎることがある。

 

 

 

② ミシンステッチ

 

その名の通り、一般的なミシンを用いて直線で均一に縫い上げるステッチです。
カジュアルなジャケットやブレザー、あるいは強度の高さを求めるビジネススーツによく用いられます。

 

・メリット:
直線で隙間なく縫い合わせるため、ステッチ自体の強度が非常に高い。
生地の端をガッチリとプレスしたように、シャープでソリッドな印象に仕上がる。

 

・デメリット:
糸が生地を強く締め付けるため、ふんわりとした高級感やクラシックな柔らかさを表現しにくい。
ビジネススーツで強く入れすぎると、安価な既製品のような平坦な見た目になってしまうことがある。

 

 

 

3. ステッチの「入れ方」と「場所」で変わる表情

 

ステッチの種類を決めたら、次はジャケットのどの部分にどれくらいの幅で入れるかという、入れ方の指定に移ります。
こここそがオーダースーツの醍醐味であり、センスの見せ所です。

 

 

① ステッチを落とす位置の違い

 

襟の端から何ミリ内側にステッチを入れるかによって、スーツのテイストはガラリと変わります。

 

コバステッチ:
・襟端から1mmから2mm程度の端ギリギリにステッチを入れる方法です。
・縫い目が目立ちすぎず、さりげなく襟元を引き締めてくれます。
・最も上品でフォーマル感が高く、一般的なビジネススーツやセレモニースーツにはこのコバステッチが最適です。

 

内側ステッチ:
・襟の端から5mmから7mm内側に控えてステッチを入れる方法です。
・ステッチの線がはっきりと主張するため、スポーティでカジュアルな印象が強くなります。
・ネイビーブレザーや、ツイード、リネンといったカジュアルジャケットを仕立てる際には、この太めの幅が非常によく映えます。

 

 

② ステッチを施す箇所の範囲

 

ステッチをジャケットのどこまで回すかによっても、全体の重厚感が変わります。

 

・ラペル・フロントのみ、ポケット:
下襟から胸元、そしてフロントボタンを通って裾へと繋がるラインと胸ポケット、腰ポケットにステッチを入れる標準的な仕様です。
正面から見える部分にのみステッチを入れる事で顔回りをすっきりと美しく見せるための、最も王道なスタイルです。

 

・フルステッチ:
背中の中心線、肩まわり、袖、ベント、ダーツにいたるまで、ジャケットの主要な縫い目のほぼ全てにステッチを施す仕様です。
非常に手間がかかる高級な仕立てであり、立体感が際立つため、男らしく存在感を放つジャケットになります。
主にイタリアで使用される入れ方で、英国スタイルで見る事は少ないです。

 

 

 

4. ステッチの歴史:職人の手仕事からテクノロジーへの進化

 

ここで少し、ステッチの歴史に目を向けてみましょう。
なぜ、現代の私たちがスーツのステッチにこれほどまでに魅了されるのか、その理由はスーツの発祥と進化の歴史にあります。

 

 

すべての始まりは職人の手縫いから

 

近代スーツの聖地であるイギリス・ロンドンのサヴィル・ロウや、イタリア・ナポリの伝統的な仕立て屋では、かつてすべてのスーツが職人の手によって一針一針、縫い上げられていました。

 

当時、襟の保形や補強のために施されていた手縫いのステッチは、ハンドステッチやピックステッチと呼ばれていました。
職人が指先の感覚を頼りに生地の厚みや硬さに合わせて糸の引き具合を絶妙にコントロールしながら縫われていました。
そのため仕上がりは非常に柔らかく、均一でありながらもどこか温かみのある美しい表情を持っていたのです。

 

これがステッチが入っているスーツは高級仕立てであるというイメージの原点です。

 

 

機械化の壁とAMFミシンの登場

 

20世紀に入り既製服の大量生産時代が到来すると、ミシンが急速に普及しました。

 

しかし当時の一般的なミシンで襟のステッチを縫うと糸が強く締まりすぎて襟がペタッと潰れてしまい、高級テーラーのようなふんわりとした美しい襟のロールを再現することがどうしてもできませんでした。
手仕事の柔らかさは、機械には不可能な領域とされていたのです。

 

その常識を覆したのが、アメリカのAmerican Machine and Foundry社でした。
同社は1本の針と人間の手縫いに近い複雑な機構を用いて生地に無理な力をかけずにゆっくりと糸を送り出す、画期的なハンドステッチミシンを開発しました。

 

このミシンによって、手縫い特有の等間隔と柔らかな風合いを、高い精度で再現することが可能になりました。
この歴史的発明への敬意を込めて、現代でもこの仕様をメーカーの名前からAMFステッチと呼んでいます。

 

 

 

5. ステッチの有無や種類が周囲に与える「印象」とTPO

 

スーツを着こなす上で最も大切なのは、周囲にどのような印象を与えたいか、そしてその場にふさわしいかというTPOの視点です。
ステッチの選択によって、相手に与えるメッセージをコントロールすることができます。

 

ステッチなし

 

主な特徴・入れ方:
縫い目が表に見えない

 

周囲に与える印象:
・最も厳格でフォーマル
・ストイック、静粛
・ミニマルで都会的

 

最適な着用シーン:
・結婚式の新郎、主賓
・お通夜、告別式といった礼服
・タキシードなどの正装

 

 

ピックステッチ(コバ)

 

主な特徴・入れ方:
・襟端から1mmから2mm
・手縫い風の点線

 

周囲に与える印象:
・洗練された高級感
・細部へのこだわり

 

最適な着用シーン:
・重要なビジネス商談
・結婚式のゲスト
・パーティー

 

 

ピックステッチ・内側

 

主な特徴・入れ方:
・襟端から5~7mm
・目立つ縫い目

 

周囲に与える印象:
・スポーティで軽快
・お洒落でこなれた感
・カジュアルシック

 

最適な着用シーン:
・ジャケパンスタイル
・ビジネスカジュアル

 

 

ミシンステッチ

 

主な特徴・入れ方:
・コバ~7mm内側
・直線的な縫い目

 

周囲に与える印象:
・生真面目、機能的
・スポーティな力強さ
・内側に入れれば入れるほどカジュアルに

 

最適な着用シーン:
・ブレザースタイル
・ユニフォーム的スーツ
・プライベートなカジュアルシーン

 

 

①ステッチ無しが与える印象:究極のフォーマルとストイック

 

ステッチがある方が高級ならフォーマルでも入れた方がいいのではと思われるかもしれませんが、実はここがスーツの面白いところです。
冠婚葬祭、特にお通夜や告別式といったブラックフォーマルにおいては、装飾性を徹底的に排除したステッチ無しが最も格式高く、正礼装にふさわしいとされています。

 

ステッチを無くすことで襟元にやんわりとした落ち着きが生まれ、厳粛なムードを壊さないストイックな表情になります。
また、モード系のようなミニマルでモダンな雰囲気を演出したい日常着のスーツとしても、あえてステッチを入れない選択は非常に有効です。

 

 

②ピックステッチ(コバ)が与える印象:信頼感と洗練された大人の余裕

 

ビジネスにおいて、相手にしっかりとした良いものを着ている、信頼できる人物だという印象を与えたいなら、迷わずピックステッチ(AMF)をコバで入れてください。
光の加減でチラチラと見える繊細な手縫い風の陰影は、スーツ全体に立体感と奥行きをもたらします。
主張しすぎない上品さがあるため、役職者の方や、大切なプレゼンテーション、格式高いホテルでの会合などに最高のパフォーマンスを発揮します。

 

最後に、実際に当店でオーダースーツを仕立てる際に、どのようにステッチを選べば失敗しないか、プロの視点から3つのステップでアドバイスいたします。

 

ステップ1:まずは着る目的を明確にする

 

そのスーツをどこに着ていきますか?

 

週に何度も着るタフな戦闘服:
強度の高いミシンステッチ、またはシンプルなコバのピックステッチ(AMF)が適しています。

 

ここぞという時の勝負スーツ:
大人の品格を出したい場合は、ピックステッチ(AMF)をコバに指定するのがおすすめです。

 

カジュアルに着回すジャケットやブレザー:
ピックステッチ(AMF)を内側に入れるか、太めのミシンステッチがよく合います。

 

冠婚葬祭用の礼服やブラックスーツ:
ステッチ無しが基本です。

 

 

ステップ2:生地の素材感と合わせる

 

生地の厚みや質感とステッチの相性も重要です。

 

艶のある繊細な高級ウール生地:
太いステッチやミシンステッチは生地の質感を殺してしまいます。
繊細なピックステッチ(AMF)のコバがベストです。

 

ざっくりとしたフランネルやツイード生地:
生地自体にボリュームがあるため、細かいステッチは埋もれてしまいます。
あえて端から5mmほど内側にしっかりとしたピックステッチ(AMF)を入れることで、素材感に負けない美しいアクセントになります。

 

 

ステップ3:フィッターに好みの印象を伝える

 

ステッチの幅を何ミリにしてどこに入れて、と細かく自分で決めるのが難しくても全く問題ありません。

 

オーダーの際は私たちに「上品に見せたい」「少しカジュアルに普段使いもしたい」「クラシックなイギリス風にしたい」といった仕上がりのイメージをそのままお伝えください。

 

お客様の選ばれた生地と体型、そして着用シーンに最も美しく映えるステッチの仕様を、私たちが責任を持ってご提案いたします。

 

 

 

まとめ:神は細部に宿る。

 

建築家ミース・ファン・デル・ローエの名言に「神は細部に宿る」という言葉があります。
この言葉は、まさにオーダースーツの世界、そしてジャケットのステッチにこそぴったり当てはまります。

 

ジャケットの襟元に走る、わずか数ミリの小さな縫い目。
しかしそこにはスーツが歩んできた長い歴史と職人たちの知恵、そして型崩れを防いで美しく見せるための高度な技術が凝縮されています。
ほんの少しステッチにこだわるだけでいつものスーツ姿が劇的に洗練され、鏡の前に立った時の気分の高揚感も変わるはずです。

 

 

鈴木(晴)

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