スタイリストブログbyオーダースーツ専門店 Global Sytle

閉じる美学と、開く遊び心。手元が語る英国とイタリアの違い -本切羽-
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2026.06.08 GINZAグローバルスタイル・コンフォート 札幌パルコ店
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こんにちは。

 

 

鈴木(晴)です。

 

 

 

季節の変わり目や人生の節目、ビジネスでの勝負どころなど、特別な一着を求めてオーダースーツ専門店に足を運ばれる方は多くいらっしゃいます。

既製品のスーツにはない、自分の身体に完璧にフィットする心地よさは、一度体験すると病みつきになるものです。

 

しかし、オーダースーツの真の醍醐味は、サイズ感だけではありません。

ポケットの形、裏地の素材、ボタンの種類、そして「袖口の仕様」にいたるまで自分の好みを100%反映できる「ディテール(細部)の選択」にあります。

 

その中でも、スーツ愛好家やビジネスパーソンから絶大な支持を集め、「高級仕立ての代名詞」とも言われる仕様が「本切羽(ほんせっぱ)」です。

今回はこの本切羽についてその誕生の歴史からスーツの本場である英国・イタリアでの価値観の違いについて解説していきます。

 

 

 

 

 

 

1. そもそも「本切羽(本開き)」とは

 

まずは基本となる構造からおさらいしていきましょう。スーツの袖口の仕様には、大きく分けて2つの種類が存在します。

 

 

既製品の主流「開き見せ(仮切羽)」

 

一般的な量販店などで販売されている既製品スーツの多くは、「開き見せ(あきみせ)」という仕様が採用されています。

これは、袖口の生地にボタンが直接、飾りとして縫い付けられているものです。

 

釦ホールのように見える刺繍(ダミーの穴)はありますが、実際に穴は開いておらず、袖口を開閉することはできません。

なぜ既製品にこれが多いかというと、お客様の腕の長さに合わせて後から袖丈を調整(お直し)しやすいようにするためです。

 

高級店や一部の店ではあえて釦を取り付けず、サイズを調整してから釦ホールを開ける既製品の本切羽も存在するため、本切羽=オーダーではありません。

 

 

オーダーの証「本切羽(本開き・本穴)」

 

一方で、今回のテーマである「本切羽(ほんせっぱ)」は、別名「本開き(ほんあき)」や「本穴(ほんあな)」とも呼ばれます。

これは、実際に袖口にボタン穴を開け、ボタンを外すことで袖口をパカパカと開閉できる仕様を指します。

 

袖丈の長さが完璧に決まっているオーダーメイドだからこそ、迷いなくボタン穴を貫通させることができるデザインです。

古くから「注文服(ビスポーク)の証」として親しまれてきました。

 

 

 

 

2. 本切羽の歴史:はじまりは「医師の必要性」から

 

今でこそお洒落やステータスの象徴となっている本切羽ですが、そのルーツを辿ると非常に実用的な目的から生まれたものであることが分かります。

舞台は19世紀頃のヨーロッパです。

 

当時のヨーロッパの上流階級において、「紳士は人前で絶対に上着(ジャケット)を脱いではいけない」という厳格なマナーがありました。

これは下着姿を見せるのと同じくらい恥ずべきこととされ、真夏であってもどれほど過酷な環境であっても、ジャケットを着用し続けることが求められたのです。

 

これを破れば貴族社会からはじき出され、社会的地位を失います。

当時の貴族はそれほど厳しいルールとマナーに縛られていました。

 

しかし、このルールによって死活問題を抱えた職業がありました。

 

それが「医師」です。

 

急な怪我人が運ばれてきたり臨戦態勢で診察や手術を行ったりする際、上着を着たままでは袖口が邪魔になります。

かといって、紳士としてのプライドやマナー、社会的地位を捨てて上着を脱ぐわけにもいかない。

 

そこで当時の仕立て職人と医師たちが考案したのが、「上着を脱がずに、袖口のボタンだけを外してクルクルと腕までまくり上げられる仕様」でした。

これであれば、上着を着用したまま清潔かつ迅速に医療行為を行うことができます。

 

この歴史的背景から、海外(特に英語圏)では今でも本切羽のことを「サージェンズ・カフス(Surgeon’s cuffs=外科医の袖口)」や「ドクタースタイル」と呼んでいます。

 

現代の私たちが楽しんでいるお洒落のディテールは、かつての医師たちの切実な知恵から生まれたものです。

 

 

 

 

3. 英国とイタリア:国によって異なる「本切羽」の感覚

 

スーツの二大聖地といえば、伝統と規律を重んじる「英国」と、感性と色気を重んじる「イタリア」です。

この二国では本切羽に対するアプローチや捉え方が180度異なります。

 

 

【英国(ブリティッシュスタイル):秘めたる機能美と「アンダーステイトメント」】

 

サヴィル・ロウに代表される英国仕立てにおいて、本切羽は「最高峰の職人技(職人の手仕事)」を示すシンボルです。

手作業で美しい釦ホールを仕上げることは、テーラーの腕の見せ所でもあります。

 

しかし、英国紳士の美学は「アンダーステイトメント(控えめな表現)」にあります。

そのため、彼らは本切羽のスーツを着る際「ボタンはすべて留めて着る」のが鉄則です。

 

元が医療の必要性から生まれたものであるため、「用もないのに釦を開けるのは、品がなく見せびらかし(見栄っ張り)の行為だ」と捉えられる傾向があります。

開けられる仕立てなのに、あえて開けないという、内に秘めた矜持こそが英国流のクラシックな嗜みです。

 

 

【イタリア(クラシコイタリア):遊び心と「こなれ感(スプレッツァトゥーラ)」】

 

一方、南欧の陽気な気候と自由な発寸を持つイタリア(特にナポリなど)では、本切羽は「格好の自己表現・遊びのツール」へと昇華します。

イタリアの紳士たちは、本切羽のジャケットを着用する際、「あえて袖口のボタンを1つ、または2つ外して」街を歩きます。

 

彼らが愛する言葉に「スプレッツァトゥーラ(計算された不完全さ、こなれ感)」というものがあります。

完璧にキメすぎるのではなく、あえて少し崩すことで大人の余裕や色気を演出するテクニックです。

 

風に揺れる開いた袖口から上質なシャツや腕時計をチラリとのぞかせることで「このスーツはオーダーメイドなんだよ」ということを、言葉にせずとも周囲にアピールする遊び心を楽しんでいます。

 

 

 

 

4. 本切羽を取り入れる「メリット」と「知っておくべき注意点」

 

いざご自身のオーダースーツに本切羽を取り入れる前に、メリットとデメリットを天秤にかけてみましょう。

仕立てた後の満足度を高めるために、非常に重要なポイントです。

 

 

メリット①:圧倒的な高級感と立体感

 

本切羽にすると、ボタン穴の刺繍が立体的になり、手元のVゾーンならぬ「袖口ゾーン」のディテールが非常に美しく映えます。

刺繡糸でそれっぽく見せかけたディティールでは、せっかくの上質な生地や仕立ても成り切れないです。

プラスチック製のボタンではなく、本水牛やナットなどの天然素材ボタンを合わせるとより一層の高級感が漂います。

 

 

メリット②:実用的な機能性

 

歴史の通り、実際に袖をまくることができます。

現代ビジネスシーンでもPC作業中に袖口がデスクに擦れるのを防ぎたい時やサッと手を洗う時、あるいは時計をスマートに確認したい時などに実用性を発揮します。

 

 

メリット③:着こなしの幅が広がる

ボタンを留めるか外すかで、オン・オフの印象をガラリと変えることができます。

一着のスーツを何通りもの表情で楽しむことができるのは、本切羽最大の特権です。

 

 

注意点:仕立てた後の「袖丈直し」が極めて困難

一度生地に穴を開けてしまうと、後から長さを調整したいと思っても釦ホールの位置がズレてしまうため直せなくなります。

袖を外して肩から詰める事も出来ますが、柄合わせがずれてしまうので推奨できません。

袖丈は個人の好みが出やすい場所で、実際に仕上がった袖丈がジャストサイズだったとしても微調整が入る場合があります。

 

 

 

 

5. 現代ビジネスにおける着こなし

 

基本は「すべて留める」からスタート

日本のビジネスシーンにおいては、やはり英国流の「すべて留めて端正に着こなす」のが基本であり、最も好印象を与えます。

何も言わずとも、仕立ての良さは手元の立体感で相手に伝わります。

 

もしイタリア流の遊び心を取り入れたい場合は、「一番袖口側のボタンを1つだけ外す」スタイルから始めてみてください。

2つ以上外してしまうと、ビジネスの場では少し「だらしなく」見えてしまうリスクがあります。

1つだけ外しておくことで目の肥えたビジネスパートナーにだけ気づいてもらえる、絶妙なバランスが生まれます。

 

袖口のボタンが開くか、開かないか。

一見すると、他人は誰も気に留めないような小さな違いかもしれません。

 

しかし、その小さなこだわりの中に19世紀の医師たちの知恵、英国紳士のプライド、そしてイタリア紳士の遊び心が息づいています。

誰かに見せるためではなく自分自身のモチベーションのために、そして服としての完成度を高めるために。

 

次のオーダースーツを仕立てる際は、ぜひこの「本切羽」を選んで、手元に歴史とロマンを宿してみてはいかがでしょうか。

 

 

鈴木(晴)

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